記憶

また曇り。でも気温は高い。ここ数日活動し過ぎだと思って作業をやめる。昨日4本現像したから早くベタ焼きをとりたい。六本木には迷った挙句OM-1を持って行った。外に持ち出すのは久しぶり。結果的によかった。それほど暑くないってのも助かった。初心に戻り、しっかり見て撮るということを意識した。現像はうまくいった感じ。とまってしまった時期もあったが、少しは学習してるのか。毎朝BSのワールドニュースを見るのが習慣になってきた。その他にもドキュメンタリーやら自然科学系の番組をよく見るようになった。そういえば映画もなんでも見ていた。雑食体質というのか。私のスタート地点は自分と向き合うことにあった。肉体というものにも興味があったのだが、それがだんだん内部の、簡単に言えば、自分はなんなのかということに移ったようだ。自分の立ち位置を見るなら、日本だけではなく世界の出来事を見たほうが見えてくるものがあるし、木を撮る、植物を撮る、から始まれば植物や動物の世界、さらに自然史や宇宙史まで果てしなく広がる。今まで門外漢だった科学に興味を持ったのは、写真に不可欠な光について謎が多かったから。光が電波と同じ波であることや、波の幅の大きさによって色が違って見えること。写真を撮るなら、もっと実用的で実践的なことを学べばいいのだろう。でもなんだかやたらと興味が広がって、面白いからいいかと思っている。そういう面白いと思ったことを伝えられる相手がいないのが時々悲しくなる。ツイッターでたくさん呟いてもしょせん独り言なのだ。いいねをもらえるとやっぱりうれしいけど。光、色。昨日記憶についてのドキュメンタリーを見ていたく興奮し、今朝になってまた考えてみたら、私の記憶には色がないことに気付いた。忘れっぽいのを自覚しているし、昔の記憶もものすごく断片的にしかなくて、止まった映像がぽつぽつある感じ。動かせない。でも色がないということはなにか衝撃だった。他の人がどうなのかわからない。番組によると、記憶というのは、一つの記憶でも、脳のいろいろな部分に別々に保存されていて、それが思い出すときに脳の中で合わさり構成されていくらしい。だから再構成され別のものになることもあり得るわけで、とても不確かなものだと。断片的過ぎてなんなのかもよくわからない記憶もある。寝転がってるのも余計だるくなると気付いたので、本を読んでみる。生命記憶。海の波のリズムと人間のリズム、太陽だけではない、月からの影響、えら呼吸から肺呼吸への変態、陸地へ上がった生物と海に帰って行った生物。そういうものが今の自分とどう関わってくるのか分からない。思考も動かない、夜10時。