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まる

今日は一日雨みたい。とても寒い。昨日はまあまあの天気で、気分もよかったから都心に出かけてみた。混んだ電車に乗ってしまってどうなることかと思ったけど、わりあい平気でいられたので、大丈夫と自分で自分を落ち着かせる。恵比寿の写真美術館がリニューアルオープンした時に買った年間パスポートが月末までで、行かなくちゃと思っていた。山崎博「計画と偶然」と、日本写真開拓史総集編。どちらも面白かった。規定が変わったとかでどちらも無料で見られたのはラッキーだった。日本写真開拓史は日本の写真創生期、幕末から明治の写真がずらっと並んでいた。鶏卵紙やダゲレオタイプのものもとてもきれいに残っていて、しかもぴしっと写っているのが不思議だった。創生期の写真は人物に尽きる。風景もあるがあまり面白くない。実際に存在した、ということはわかるのだが、こうして偽りのない写真で見せられると、連綿と続いている人間の営み、みたいなものを感じる。武士は鍛えられているのもあるのか、本当に格好よく写っている。当時は写すのに時間がかかったろうに。面白かったのは、当時のいろいろな職業の人間や習俗の場面を写した、幕末から明治初めの作品群。これはたぶん激しく移り変わっていく社会で、近いうちになくなってしまうだろうという危機感から撮影されたんだろう。記録するということが主眼だから。でもちゃんと作品になっていて、撮影者の美的センスを感じる。背景が同じだったりして、周到に演出されているのがわかる。着物のちょっとくたっとした感じにうれしくなる。打って変わって山崎博。この人について全く知らなかったが長年活動されている。特に初期の70年代の作品が心にびりびり来た。不思議でありながら黒い枠に収められて美しさを保っている。この美しさ。フォトグラムもあったり、影絵のような桜はこないだ見たアピチャッポンを思い出した。太陽を撮る、というのは自分でもやってみたことがある。なぜ撮りたいと思うのか。原初的なものだからじゃないか。海も似た感じ。でも太陽のほうが撮るのが大変。なにせ光の塊だから。それから、円いというのもある。まるいものに惹かれる。そこには全てがあるような気がする。言わば小さい宇宙。欠けることなく全てが満たされている。ゼラチンシルバーの作品を見て、汚いグレーになってはいけないと肝に銘じる。あとは主題の明確さ。もう少しもお金に余裕はないのだが、迷わず図録を買ってしまう。いい展示でも図録が残念な時があるけどこれはいい感じ。ロングインタビューが載った小冊子も買ってしまった。どうやって撮ったのかや考え方について触れられるのはうれしい。写真だけじゃない、あらゆる表現に触れて、自分には到底作り出せないものがあること知って、嫉妬しろ。この言葉には勇気づけられる。自分には何もできない、むしろやめてしまったほうがいいんじゃないかと思ったりしていた。でも嫉妬しながら進めばいいんだな。今日はほんとに久しぶりにフィルム現像をした。昨日恵比寿で最後まで撮ったから。写真美術館の後には小さなギャラリーで野中ユリさんの展示も見た。地図を見てもなかなかたどり着けなくて、自分の方向音痴ぶりに絶望しながら。外の世界にはいろんなものがある。そういうものに、少しでも自然に触れられるようになりたい。