歌うように

言葉にすることが全て自己顕示、欺瞞、嘘、偽りになりそうで、恐ろしく、ピーチクパーチク鳥は鳴き、頭は混乱し、いっそ黙っていたほうがマシ。心に秘めるのは辛いことだろうか。吐き出す醜さばかり。言葉にできずにいたあの言葉。真夜中に起きている。そしてもう朝だ。胃に詰まったどろどろの食べ物。吐き出さないと、気が滞留するか。夜にコンビニかスーパーに買いに行く。せいりがおくれている。まだ苦しい。咀嚼音が時間を満たす。空間も。ビスケットとポテトチップスの山。妊婦のように横になる。まどろみ、覚醒繰り返して、ハーブティーを入れる。次は?落ち着かなくなったらハーブティーを入れよう。買いに行く前に。

早朝

落ち着かない。そわそわそわそわ。なにもお日様を待っていることはないと早朝から暗室に入る。お昼に片付け終えた。落ち着かないときはかえって動いていた方がいいのか。眠かったが作業に入ると集中できた。食欲が出て、めいっぱいまで食べる暴食が続いた。コンビニのお菓子はなんであんなにおいしいのか。お菓子はカリカリしている。そういうのがいい。これまでも朝のフルーツグラノーラは楽しみだった。だが朝以外にも食べ始めると壊れる。三島に行きたくなった。クレマチス。あるいは川崎か。少し遠出。その度に冷静に。そんな余裕はない。その割に靴を買ってしまった。セーターも。これは必要だと思われる。ぶかぶかのローファーなんぞもう履きたくない。ブーツは重たい。黒いスニーカー。年中ふらふらしてる。足腰が弱まってる。お菓子を暴食したら、あっという間に50キロ。懐かしき40キロ台。明日も早く目が覚めたら早朝の公園に行ってみたい。

movie

展示を見た後とかとっさに思い浮かんだ興奮を全部ツイッターに呟いてしまうからこちらは日々雑感のような形になっている。形があるなら。日々にもなってない。息を吐き出した方がいいと思った時。それが日々を形作るなら。音楽に浸っているとキリがない。沈黙は恐ろしく、沈黙してしまえば、平和が待っているというのに。待つなら。明るい音楽も聴くようになった。昨日はソフィア・コッポラ映画音楽集を聴いていた。聴きながら、一人で歩くことに何の疑問も持たなかった学生時代を思い出した。ひたすら映画館に通い、映画館に一人で行くなんて、と思う人がいることも知らなかった。ソフィア・コッポラロストイントランスレーションの録画を見た覚えはあるのだが、ここのところテレビのない生活をしている。YouTubeもほとんど見ない。だから家で映像を見てないんだな、と気づく。動画と言った方がいいのか。見てないと見たくなるのか、いろいろな映画祭を調べたりしていた。別にロードショーでいいのだが、たまたまそういう情報が回ってくる。古いものの方が好きだし。プラハの戦前の街並みが見れるという無声映画、医者と重なり行けなかった。ベクシンスキーというもう亡くなったポーランドの画家のドキュメンタリーを見た。レコーダーを買って家族の会話を録音したり、次はビデオカメラを手に入れて家の中を撮って見たり、記録魔だったのか。なにかをしていたいから?家庭は美しくもなく、乾燥し、湿って、ボロ雑巾のようになっているというのに。記録したものに何か意味はあるのか。まだ幸福だった時の映像。慟哭するようなことはない。それがポーランドなんだろう。息子は自殺したが、自分は部屋で殺されてしまう。なんという。耐える人生か、楽しむ人生か、二つに一つ。体力の問題で、その後どうしようか決めてなかったが、このまま電車に乗って帰りたくないと、代官山へ歩いた。グーグル先生に頼りながら。行った先の展示でガラスのピアスとピンを買った。土曜日。既に買い物か予定か終えた人たちが帰路につく。電車の中で子どもが泣きわめく。土曜日は出かけなければならない日、なのだっけ。できるだけ避けたいところだが映画の予定は決まっている。日曜日。静かな日。なんだか気が向いてほんとに久しぶりにラインをした。意味は見つけられない。ビデオカメラを回すようなもの。

12月

もう12月だなんて、師走だなんて、信じられない。夏から知らぬ間に時が経った。確かに寒くはなった。暖房もつけてる。でも暦の感覚がなかった。またひとつ歳をとり、街は華やぐ月。どうってことなく年が明け、そうか、テレビを見なくなったから世間の感覚がないんだ。あの部屋に居たくないから。見ないなら見ないでまたどうってこともない。ネットでニュースをチラ見するくらい。考えがまとまらないというのは、深くまで降りられない、ぷかぷか水面を、あっぷあっぷしながら泳いでいる。深くまで、潜れない。眠いのが嫌だから、朝、薬を飲まずにいたら、夜やけ食いしていた。なんだか不安定になって、イライラもするし、やっぱり飲んだほうがいいのかと。そしたら今日は眠くてたまらなかった。閉店間際のスーパーで、ほとんどお菓子ばかり買い漁り、食べ始めるときは幸福。好きなだけ食べられる、口を埋められる、と思っても、しばらくしたらもう気持ち悪い。ジャンクフードから遠のいていた。おいしくないやー何やってんだろとバカらしくなる。結局食べきれなかったお菓子を実家に置いてきた。燃えるゴミの日だったが捨てるのもなんだし。だけど取っておきたくもない。胃は膨れ上がって風船になりそうだし、いつもならよく効く漢方がなかなか効かず便秘だったからこんな羽目になった。出るものが出なくて腹が立った。暗室作業するとほとんど座りっぱなしだから運動不足に拍車がかかる。今日は絶食しようかと思ったが夕方コンビニのサンドイッチを食べる。100%だというのに酸っぱくないオレンジジュース。食べもののことを書いているとお腹が空いてくる。口を埋めるもの。フェラチオと同じか。お乳を吸って、指をしゃぶって、舌は補助的。帰りたいと思うのか。

心理検査

暗室作業も再開し、展示も見に行く。いっときほどじゃないが早く目が覚めてしまうし、昼寝が必須の日も多いが、意欲は出ている。フィルム現像して下手すぎる写真に絶望しても、自分の欲するイメージはトリミングしたっていいと思えるようになった。曖昧ではっきりとしない、余白のあるイメージ。強いイメージに惹かれていたがどうもそうではない。儚いイメージでもない。じゃあ何だ。正体不明だ。ただ自分の中にあるもの、それだけだ。プリントはそれを紙に焼き付けることに意味がある。新しいことを試してみようと思ってもなかなか手が出ない。創造性はない。ウォームトーンの印画紙は気に入ってきている。扱いやすいところもいい。食欲もある。疲れてしまっても食べる。たぶんカロリーが低すぎて痩せるのか。豆やら海藻やら。神経と混乱。意欲が出ているのはエビリファイのおかげなのかよくわからない。朝だけになって副作用は落ち着いた。今日は病院で心理検査。2時間くらい。旧式のじゃなくてよかった。初めて受けるようなもの。知能検査っぽいものが多かった。来週もある。帰りは違う駅を使ってみる。寒いが日は暖かい。お昼にサブウェイのサンドイッチを買う。エビアボカド。疲れてないようで後から疲れが出たから買って正解だった。プリントを整理しようとするが眠気に勝てない。横になり、夕方になった。

銀座、天王洲

一応銀座だから無印のズボンじゃしょうがないなと思って黒のリミフゥのスカートにした。モードっぽいから銀色のスニーカーでも合う。上に着るものがなかなかない。セーターも気に入らないのは捨ててしまったのか。暗室をつくるときにだいぶ洋服の整理をした。それより、今までワンピースばかりだったから、セーターは普段着でよかったのだ。似合うものがこれほど変わるとは。よく来ていた冬のワンピースたちも全く出番がない。今の私はどう見えているのだろう。ひょろひょろに見えるだろうか。不健康に見えるだろうか。そうでもない?電車の中が苦手。電車は好きなんだけど、人との距離が近すぎる。密閉された空間で、緊張感が高まる。ガタンゴトン、となんてことはない、揺られているだけなのに。混んでいる電車はできるだけ避ける。音だけじゃなく匂いも苦手になった。食べ物の匂い、香水の匂い。体臭。不快さ。音楽聴いて本を読んでいても免れえない。大体スマホとか弄りたくもない。それでも車内の緊張感から逃げるために弄ってしまう。病院で認知行動療法を受けることが決まって、サボっていたワークブックをやり出している。そのワークブックだと、マインドフルネスがコアになるみたい。今、ここ を意識し、一瞬一瞬の経験に没頭する。そして自分が何を感じているか、何に囚われているか気づく。マインドフルネスはセラピーのために改編されたものだけど、もとは仏教の瞑想で、その瞑想中心の本は挫折してそのままになっている。ワークブックだって、実際セラピー受けられるとなったからモチベーションが上がったのだ。ひとりでは難しい。実際難しいものじゃないのだけど。銀座と天王洲。浜松町でモノレールに乗り換えてすぐだ。山手線を反対方向に乗るという初歩的なミス。池袋と反対側の方は馴染みが薄い。行ってみたかったテラダアートコンプレックス。本物の倉庫にエレベーター。業者が行き交うなか出入りする。でも中は白い。当たりどきだったかどれも面白い。エレベーターの注意書きに途中で気づく。あの辺を現代アートの一地帯にしたいみたいだがまだそんな活気も見えず。少し曇ってきて寒風吹く中足早に駅に向かう。巨大な箱。倉庫と現代アート。空間をぐるぐる回転するぐらいになれば。こちらを揺るがせるものが。

退散

とうとうパズルを消去してしまった。後悔しないか。30代になったらいろいろなものを切り捨てないとうんたらっていうツイートを見た。なぜ30代なのか。これも現代的なのか。40超えて若い時と同じもの食べてる人は、うーんってなる。肉体労働だとそれもありか。父親も大食いなのだった。家族や家のことを考えたくない。考えたくないことは考えなければいいとしつつ、母親と電話で話せて少し嬉しかったりする。人と話してないというのもあるだろうけど。マイナスとプラス。どちらかだけ見ることなどできない。この家の薄気味悪さ。箱庭なら全部更地にして綺麗な街をつくるのに。街づくりゲームは残った。そんなに種類があるわけじゃない建物を組み合わせて見立てるのが面白い。自分にしかわからなくてもそれはいい。今日も寒かった。すっかり冬。