年明け

年が明けたが 若干風邪気味 ムメイノごとく透明の板を歩くが如し 夢から現実に戻りきれなくて漏らすということがある 子供か老人か 薬の影響かもしれない 粘菌 菌にやられたか 菌とはなんぞ スライムなんぞ 今日は部屋の中をスキップするぐらいには躁で ヨガに筋トレ 寿司にビーフシチュー 食べないよりは食べたほうがいいようだ のか? 買い出しに行ってお菓子を買わなかったのは進歩だ プリンは買ったが まんだーら まんだーら 熊楠を読む 積読も悪いことじゃない ふと必要になる時が来る かもしれない ふと手に取れる これもささま書店製 暗室内を模様替え 白黒写真を撤去 顕微鏡覗くようにフォトグラム っていつ入るのかな 機を待つ 紙ねーよ

手放す

なんの意味も見つからないからいいか ほっぽり出せ 手を開いて 楽に生きようと思うことを手放す 健康でいることや友達が欲しいと思うことや 上手な写真 撮りたい写真 みんな手放して 手の上に残るものは なんだろう どうやったら過食が止むのかも いつまで薬に頼るのかも みんな手放そう 親との理解も 嫌悪も 自信のなさも 自分に対することもみんな手放そう 手を開いて力を抜こう 掴みたいと思ったのは何だったか 

音声

書いてみようか言葉なんて出てこない朝検温寝てしまえるという紅葉だっけ年末年始は美術館閉まってしまうから角コミあっちこっち見てそれは現実だったのかやっぱりことがあると 2週間の日々歩いてカット多分なって間が立つ何にもしないと言う動いている学年をしない神神神神と夢を見た覚えていたのも覚えて結局覚えていない樹くんが頭通生足幅はもうこんなコースだあーあー49 

歌うように

言葉にすることが全て自己顕示、欺瞞、嘘、偽りになりそうで、恐ろしく、ピーチクパーチク鳥は鳴き、頭は混乱し、いっそ黙っていたほうがマシ。心に秘めるのは辛いことだろうか。吐き出す醜さばかり。言葉にできずにいたあの言葉。真夜中に起きている。そしてもう朝だ。胃に詰まったどろどろの食べ物。吐き出さないと、気が滞留するか。夜にコンビニかスーパーに買いに行く。せいりがおくれている。まだ苦しい。咀嚼音が時間を満たす。空間も。ビスケットとポテトチップスの山。妊婦のように横になる。まどろみ、覚醒繰り返して、ハーブティーを入れる。次は?落ち着かなくなったらハーブティーを入れよう。買いに行く前に。

早朝

落ち着かない。そわそわそわそわ。なにもお日様を待っていることはないと早朝から暗室に入る。お昼に片付け終えた。落ち着かないときはかえって動いていた方がいいのか。眠かったが作業に入ると集中できた。食欲が出て、めいっぱいまで食べる暴食が続いた。コンビニのお菓子はなんであんなにおいしいのか。お菓子はカリカリしている。そういうのがいい。これまでも朝のフルーツグラノーラは楽しみだった。だが朝以外にも食べ始めると壊れる。三島に行きたくなった。クレマチス。あるいは川崎か。少し遠出。その度に冷静に。そんな余裕はない。その割に靴を買ってしまった。セーターも。これは必要だと思われる。ぶかぶかのローファーなんぞもう履きたくない。ブーツは重たい。黒いスニーカー。年中ふらふらしてる。足腰が弱まってる。お菓子を暴食したら、あっという間に50キロ。懐かしき40キロ台。明日も早く目が覚めたら早朝の公園に行ってみたい。

movie

展示を見た後とかとっさに思い浮かんだ興奮を全部ツイッターに呟いてしまうからこちらは日々雑感のような形になっている。形があるなら。日々にもなってない。息を吐き出した方がいいと思った時。それが日々を形作るなら。音楽に浸っているとキリがない。沈黙は恐ろしく、沈黙してしまえば、平和が待っているというのに。待つなら。明るい音楽も聴くようになった。昨日はソフィア・コッポラ映画音楽集を聴いていた。聴きながら、一人で歩くことに何の疑問も持たなかった学生時代を思い出した。ひたすら映画館に通い、映画館に一人で行くなんて、と思う人がいることも知らなかった。ソフィア・コッポラロストイントランスレーションの録画を見た覚えはあるのだが、ここのところテレビのない生活をしている。YouTubeもほとんど見ない。だから家で映像を見てないんだな、と気づく。動画と言った方がいいのか。見てないと見たくなるのか、いろいろな映画祭を調べたりしていた。別にロードショーでいいのだが、たまたまそういう情報が回ってくる。古いものの方が好きだし。プラハの戦前の街並みが見れるという無声映画、医者と重なり行けなかった。ベクシンスキーというもう亡くなったポーランドの画家のドキュメンタリーを見た。レコーダーを買って家族の会話を録音したり、次はビデオカメラを手に入れて家の中を撮って見たり、記録魔だったのか。なにかをしていたいから?家庭は美しくもなく、乾燥し、湿って、ボロ雑巾のようになっているというのに。記録したものに何か意味はあるのか。まだ幸福だった時の映像。慟哭するようなことはない。それがポーランドなんだろう。息子は自殺したが、自分は部屋で殺されてしまう。なんという。耐える人生か、楽しむ人生か、二つに一つ。体力の問題で、その後どうしようか決めてなかったが、このまま電車に乗って帰りたくないと、代官山へ歩いた。グーグル先生に頼りながら。行った先の展示でガラスのピアスとピンを買った。土曜日。既に買い物か予定か終えた人たちが帰路につく。電車の中で子どもが泣きわめく。土曜日は出かけなければならない日、なのだっけ。できるだけ避けたいところだが映画の予定は決まっている。日曜日。静かな日。なんだか気が向いてほんとに久しぶりにラインをした。意味は見つけられない。ビデオカメラを回すようなもの。

12月

もう12月だなんて、師走だなんて、信じられない。夏から知らぬ間に時が経った。確かに寒くはなった。暖房もつけてる。でも暦の感覚がなかった。またひとつ歳をとり、街は華やぐ月。どうってことなく年が明け、そうか、テレビを見なくなったから世間の感覚がないんだ。あの部屋に居たくないから。見ないなら見ないでまたどうってこともない。ネットでニュースをチラ見するくらい。考えがまとまらないというのは、深くまで降りられない、ぷかぷか水面を、あっぷあっぷしながら泳いでいる。深くまで、潜れない。眠いのが嫌だから、朝、薬を飲まずにいたら、夜やけ食いしていた。なんだか不安定になって、イライラもするし、やっぱり飲んだほうがいいのかと。そしたら今日は眠くてたまらなかった。閉店間際のスーパーで、ほとんどお菓子ばかり買い漁り、食べ始めるときは幸福。好きなだけ食べられる、口を埋められる、と思っても、しばらくしたらもう気持ち悪い。ジャンクフードから遠のいていた。おいしくないやー何やってんだろとバカらしくなる。結局食べきれなかったお菓子を実家に置いてきた。燃えるゴミの日だったが捨てるのもなんだし。だけど取っておきたくもない。胃は膨れ上がって風船になりそうだし、いつもならよく効く漢方がなかなか効かず便秘だったからこんな羽目になった。出るものが出なくて腹が立った。暗室作業するとほとんど座りっぱなしだから運動不足に拍車がかかる。今日は絶食しようかと思ったが夕方コンビニのサンドイッチを食べる。100%だというのに酸っぱくないオレンジジュース。食べもののことを書いているとお腹が空いてくる。口を埋めるもの。フェラチオと同じか。お乳を吸って、指をしゃぶって、舌は補助的。帰りたいと思うのか。