バリア

自分は自分というバリアで守られている。久しぶりにカウンセリングに行ってきて少しスッとした。もう行かないとも思っていたから気持ちも解けた。やっぱり変だった気がすると言ったら、覚醒してたよねと言われた。覚醒か。。。波があると行くたびに言われるけど自分のことにピンとこない。でもただの気分で済ませられないような気もする。せっかく出てきたのだからどこか寄りたいなとも思ったけどそこまでの動ける自信がない。通りがかりで植物的なカフェがあったのでランチをしてみる。サラダランチ。パンがおいしかった。そして空いてるのがよかった。自分というバリアは強くなったり弱くなったり動くんだろう。調節可能。守られていると考えると少し安心する。言われたように午前中日光を浴びるように窓辺に行く。曇ってるけど。

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置き所

無理矢理に動いていただけだったのか。未だ分からず。何者なのか。気分が良かったから上野の西洋美術館へ行った。ベラスケスはよかった。そして本日は、ゴロゴロしている。快晴とはいえ人が多い。遠足のような集団。オリンピックまでこんな調子なのか、それともずっとこんなんなのか。混んだ電車は辛い。家にいてたまに出かけて多少の充実感を味わう。これで気持ちが休まればいいのだけど、無為というからっぽさ。群れるのは嫌なのに人間関係欲しくなるのはなぜ。向こうから消えて行ったばかりではなかった。身勝手に消去していったのはなぜ。自分を出せなかった。恥ずかしくなって消えてしまった。今度面談がある。葛藤がある。身の置き所。多少なりとも。

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かく

移り変わり。とうとう休んだ。机に座ったら本が読めた。部屋を行ったり来たり歩く。頭は空にして。落ち着かないのが辛かったり、だらだらと寝れたり。出かけ日和は一週間だけで、また部屋にいる。とりあえずすぐ疲れる。どこへ行ったらいいだろう。再び少し出かけたい気持ちに。無為な日々だ。無意味ではないにしろ。不安が増幅したり。存在も何も、小川に流そう。音は必要ない。いつも流しているけど。行ったり来たり、そして寝転ぶ。タブレットをブラブラさせる。行けないわけじゃないのに、そろそろ休んだ方がいい感じ。あと二回。このように、書くのもよい時間の使い方か。もうちょっと。

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ずっと音楽。やりたいこともなくなった。関心、興味、欲しいものもない。出かけるのは病院とスーパーぐらい。カレンダーをじっと眺める。手帳のカレンダー、タブレットのカレンダー。ずっと昼起きだったが少し早まってきた。早く起きたってなんてことはない。騒がしい昼間は寝ていたい。にわかに将棋。ルールぐらい覚えようと思うが5分くらいしか続かない。またパズルゲームをやっている。ぐうたらなくせに食べるからすっかり太ってしまった。そして歳をとった。シワが増えると母親に似てくるのかもしれない。顔が赤い。花粉で悪化する。新しい薬が合ってるのかイライラすることが減った。でも緊張は減らない。変なの。なんでもかんでも勘違いだとすると、なにを信じればいいのか。どうでもいいという気もする。風まかせ。セラピーはまだやっと半分。ムードメーカーな人もいてだいぶ和んできたが調子に乗ってはいけない。そんな固い戒めをしなくても風にまかせておけ。飽きてきた感じもする。飽きっぽい。その場所とクリニックでしか人と話してない。だから話が滑らかにいくと舞い上がってしまう。3月24日。桜が満開になったという。信じられない。

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食べもの

たまに料理をするようになった。レトルトばかり食べていると飽きてくる。いつもいくスーパーに売ってるものも限られているし、毎回が大荷物になってしまって買い出しも面倒。たまに通販を利用するようになった。選ぶのに時間がかかるが好きなだけ時間をかけられるとも言える。お酒がまた飲めるようになってきて、重たいものを重点的に選ぶ。以前はわりと料理していた気がするけど、スーパーで歩き回っていても何をつくろうかなかなか思い浮かばない。食材の組み合わせが思いつかない。頭が働かなくなってるみたい。でも少しのきっかけで、何日か前は自閉症スペクトラムに症状の性差があると知った時とか、歯車が動き出す。主治医に話したいことなど頭の中を巡ってこれは書き留めておいたほうがいいかと思って、やらず仕舞い。なんだかですぐしぼんでしまった。通販で目新しいトマト缶とスパゲティ買ってつくったらとてもおいしかった。おいしくできて食べられるとやっぱりうれしい。ピーマンの肉詰めは簡単にできて肉と野菜が食べれてよい。肉の面を下にしてじっと蒸し焼きにするだけ。体重を全く計らなくなったのでなんでも気にせず食べている。おいしく食べるのはいいけどストレス下で落ち着かなくなって食べ続けてしまうのはよくない。落ち着かなくてお酒に頼る部分もある。買ってくるのもゴミ出しも面倒なので飲み過ぎないように。あとは料理のバリエーションか。オリンピックをよく見ていたせいか一週間が早い。もう次のグループセラピーの日になる。今はとてもだるい。

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浄化

汚いものはきれいなもので浄化できる。大音量で音楽を聴くとすっとする。破壊をしてもなんとも思わなくなったから単に体力の無駄だろう。ただ何の変哲もなく無機物のような壁を見ると壊した後の風景の方が自然に思える。むしろ赤い絵の具とか何色でもいいけど落書きした方がむしろいいのかもだけどそうするとまた創作のまがい物になりそうだ。なにもしたくないのが前提でそれでも動かなければという気に、というか動けるようになってきた。食べることだけが楽しみからいくら買ってもすぐ食べてしまうので虚しくなるだけになり、それでも落ち着かなくてコンビニに走ることもある。毎日オリンピックを見ていて普段見れない競技が見れて面白かったり、いろいろな国のコーチの言動や観客の楽しみ方が面白かったり、なぜか昔から見るのは好きなので仕方ない。競技それぞれに出場選手を応援する人がいて、たぶんわざわざ遠いところから来てるのがすごいなあと思う。そしてみんな楽しそう。惰性で見ているとまた少し虚しくなる。すごいなと思っても力をもらえるわけではないし。浄化されるところは多少あるかもしれない。流されて、流されて、また終わったら次のこと。

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疲れたなと思って横になる。ベッドが定位置だったのに動きすぎた。気持ちが重たい。家にいるとイライラしてばかりだから外出する機会ができるのはいいことなのに。さようなら。もうすぐ別れの季節じゃないか。もう少ししたら春で、明日も布団にもぐっていたい。ちょっと寄り道するくらいで、また終わっちゃうんじゃないの。生命が誕生するとこくらいまで読み進んで、先が見えて、終わりも見えてきた。ひとつも同じ自分はない。ころころ変わるから自由は難しい。

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