近況

間が空いた。暗中模索という言葉がぴったりな毎日。スキャナーを導入してネガをひたすらスキャンして編集してたくさんのイメージを得られた。ベタ焼きではわからなかった、気づきもしなかったたくさんのイメージ。少しは方向性が見えてきたかなと思った矢先。久しぶりに暗室に入った。以前から応募予定だったフォトコンのためにプリント。今の状況でできるかわからなかったけどできた。RCだけど、スキャンして編集したものとは違う方向へ向かう。プリントとデジタル処理したものは別物だと前から思っていた。だからホームページに載せるのはスキャンしたものでも良いのではないかと。でもこれだけ違ってくると……。フィルムで撮るのはネガという形態が好きだからで、今のところデジタルに戻るつもりはない。36枚の中に何かがあると思っている。二眼レフも買ったが使ったのは数回。。ともかくただプリントを続けていたらこんなにたくさんのイメージを見つけることはできなかった。寝てばかりの毎日。だるくてしょうがないけど、こういう風にやる気を出せば、たまにはできる。この前購入した石のようなサボテンを眺めながら、日が昇って日が落ちて、近況。

自分のことが嫌いなのか周りを憎んでいるのかごちゃまぜになる。ものを置く。ふとそこに間があったとき、何かが生まれる。ま、あいだ、はざま…お互いをいかようにもするもの。間がないと通り過ぎるだけ、近すぎれば摩擦が起きる。フィルムを専用のケースにセットし、ふたを閉める。機械はひとつひとつ正確に読み取っていく。画像を見たら完全にデジタル画像で、そりゃそうだと思ったけど、細かい設定ができるようになっていたからいろいろ弄ってみる。そしてくたばる。スキャンしたものはポジ画像になるが、ネガのまま読み取ることも出来る。できるだけ単純に、できれば何も弄りたくないが、コントラストを思いきりあげたら余計なものが消えてなにか面白かった。パソコン作業があまりに苦痛なので、買わなきゃよかったかと頭をよぎるが、涼しくなるまではあまり暗室はできそうにないし、やってみる。しかしやっぱりある程度しっかりしたサイドテーブルが必要。暗室内を作業部屋にしてもいいけど、悩む。突然プリントをやりたくなるかもしれない。しかしこのスキャナー、けったいな形をしている。未来的といえば未来的だが、部屋の何にもマッチしない。重要なのは体力で、気力も含めて消えていきそうだから、何か方法を見つけないといけない。

ズーム

ささま書店に行った。9030円買った。臨時収入があるとつい買い過ぎてしまう。数えてみたら14冊だった。ここは品ぞろえがすごいし店内も広いしかといって神保町のような入りにくさもない。荻窪にある。とても重たいので寄り道せずにまっすぐ帰った。今回の一番の掘り出し物は2001年に東京ステーションギャラリーで行われた山本悍右展の図録。膨大な数の作品と詳しい解説。この人は少し前にタカイシイギャラリーだったかで見て覚えていた。たぶん探せばちらしが出てくると思うのだけど。しかし東京ステーションギャラリーというのは昔からこんな面白い展示をやっていたのか!私がギャラリー巡りをし出したのは写真を始めてからで、それまでは時おり大きな美術館に行くくらいだった。積極的にアンテナを伸ばしだして行く場所がぐんと増えた。山本悍右は戦前戦中戦後の厳しい時代を生きた人だった。それが作品にも表れてるし、徹頭徹尾実験をやり続けた。たんなる面白さとか、不思議さとか、不可解さとか、そういうものではなく、くくり的にはシュルレアリストになるけれど、とっても詩的なのだ。あと解説にもあったけど空間の使い方が卓越している。実験精神というのはとても大事だ。新しいものを生み出して前に進んでいくために。たまにしか乗らないバスの中、最初は音楽を聴いていた。でも流れる景色がなんだか面白そうだったので、持っていたpower shotで撮ってみた。というのも最近スマホでズームで撮ることにはまっていて、ズームすればするほど画面は不安定になる。一眼レフの望遠レンズともなれば持ち運ぶだけでも大変そうだが、コンデジなら片手で撮れる。別に鮮明な画像を求めてないし。でもスマホよりは当然きれいに撮れる。最大限までズームにして道路と歩道の境目の線を斜めに固定する。最初からそうなったわけではないけど、そうなった。こっちで固定してれば向こうは勝手に動いてくれる。面白くてたくさん撮った。走っているとき撮るから偶然写されたものも多い。アスファルトは濃いグレーで、ガードレールは濃い緑で。時々人が入っていたり、植物が入っていたり、その他のものが入っていたりする。肉眼ではズームすることはできないが何かに焦点を合わせることは心理的なズームになるのかもしれない。デジタルも使えるな。

不調

起きている時間の大半をゲームに費やす。朝目覚めるとスマホを探している。いつも寝落ちしているから手に取るとゲームの続きだったりする。だから目覚めてすぐにパズルを解いていたりする。早寝早起きというと聞こえはいいが、昼間もごろごろしているので怠惰そのもの。昨日はネガのべたを早く見たかったからなにか気が進まないなーと思いつつ薬品を準備した。朝早く起きても朝ご飯食べながらソファーでだらだらしてるのでスタートは遅い。すでに暑い。現像液は凍らせたペットボトルで冷やすことができるが暗室内は閉め切るとどんどん暑くなる。頭はぼおーっとしてくるし調子は悪いし。何が起きたのか一瞬わからなかったが停止液に移す時に印画紙を落っことしてしまい液体がもろに目にはねて、びっくりしたのか今度は現像液の中に停止液のピンを落とす。でもちゃんと停止させないといけないとで定着まで入れてとりあえず溜めてある水で目を洗った。特に刺激もなかったし後で見たら赤くなってもなかったからとっさに目を閉じたのかもしれない。そもそも薬品は薄めて使うんだからそんなたいしたことはないと気付いた。現像液を作り直せばまた続けられたけど、こんな時やっても何もうまくいかない。後でプリントを確認したら同じネガを二度べた焼きとっていた…ありえない。6本のうち1本を逆さまに置いてしまったり、この日はなんでこんなおかしかったんだろう。こんな時Mさんから今夜空いてるかメールが来ていて、ちょっと迷ったが気晴らしになるかとOKした。事実気晴らしにはなったが、もう会うのは最後かもしれないと言う。特に何の感情も持ってないのにそんな言葉を言われると多少のショックはある。具体的な理由も聞いた。ああそうなのかと思った。私は気が合わない人とは会話が成り立たないほどだが、Mさんとはぺらぺら軽薄な会話をしてけらけら笑えた。人間的に好きなタイプではないが、こうやって会うことを重ねられただけでもあまりないこと。だから寂しく思ったのかも。帰り道はなんだか透明な気分だった。複雑すぎて透明なのか。自分もこんな関係はやめたほうがいい。第一、快楽がなくなってきている。老化も感じる。欲求がなくなったわけではないのに。今日も不調で一日ごろごろ。写真を確認してもろくなものないし、苦痛ではないと思っていた暗室作業も嫌になるし、まあこんな落ち込みはよくあること。気付いたら生理前だった、っていうわけ。

再編

プリントの分類を終わらせホームページの再編をした。問題なのははっきりしたテーマがないこと。言葉が重要なのはわかっている。ひとの展示を見る時でも写真家の示す文章を読むと理解が深まる。でも難しい。まだはっきりしたものがない中で、いい加減に言葉にしてしまうことにためらいがある。論理的に文章を書くことが私には難しい。写真をいくつかのグループに分けて数字をふっただけ。一度タイトルをつけたけどやめてまた数字にしてしまった。今、一枚一枚にキャプションをつけられることに気付いた。言葉は必要な時もあれば余計な時もある。先日見たインスタレーション的展示は言葉が多すぎると思った。見る、というより感じるのに邪魔になる。言葉はつけなかったが並べる順番はとても考える。イメージの序列。フィルムカメラを買ってわりとすぐに撮ったやつが採用されたりしている。進歩がないのか。以前のネガを見返せばプリントしたいものが山ほど出てくるんだろうな。以前選んだものと今選ぶものは違うだろうから。プリントし直したいのも山ほどあるし。そしてもう夜遅い。

もの

禅寺に並べられた石はひとつひとつに意味が込められている。その意味というのは人間が与えたもので石が自然を凝縮したものであるとしても自然と一体になり精神を飛躍させるための道具でしかないのか。意味も、精神性も剥ぎ取り、ただの石として見たら。「これはもしかしたら石ではないのかもしれない」そこら辺にありそうななんの変哲もない木の板が無造作に接ぎ合されたり、金具で留められたり、線を引かれたりしている。なんの意味もない。驚くほど削ぎ落とされている。シンプル、とも違う。違和感を生じさせながら、見れば見るほど静かな美しさを保っている。そこにあるのはモノと作家の対峙。どれも両者の戦いの記録のようであり、見つめる眼差しのようでもあり、まさにそのもの、のようでもある。六本木から恵比寿、渋谷。歩けば歩いただけ理解できないものにぶつかる。暫くぶりに行った渋谷の変貌。工事現場に囲まれた迷路のような通路。下を見ればいいのか、横を見ればいいのか、上を見ればいいのか。仮に作られた金属の階段に響く甲高い足音はまるで街の足音。街が歩いている。一定であるべき自分の高ぶる気持ちを抑えられないでいる。OM-1を持ち出して撮ったのは近場を除けば久しぶりか。手が震える。使ってないなら感覚も鈍るのも当たり前だ。菅木志雄の展示の紙に「相依性」という言葉があった。造語だろうか。何か引っかかった。

空模様

空が暗くて出かけるのをためらっている。今までのプリントを総ざらいしてテーマで分類する。少し蒸してきた。水面、公園、地面、動物園、スナップ、都市幻想、木…ひとまず分ける。具体的なもの、抽象的なもの、あきらかにダメなもの、どこに入れるか迷うもの。今までは撮った順に並べていたが、それも無意味になった。川村記念で池をたくさん撮ったが、ハスの葉がクエスチョンマークのように並んでいるのを周りが余計だったのでトリミングして完全にタテの写真にした。トリミングするのはめんどくさいし少しも切りたくないと思うのが多くて今までほとんどしなかったが、やってみると画像が粗くなったりして面白い。イーゼルの羽を動かして直角にするのが嫌なので、そのままやってしまったら、いつもより余白が少なく案外きれいにできた。主題がはっきりして強いイメージ。雷がゴロゴロ言い出した。ツイッターはすっかりイメージの羅列になっている。空模様の怪しくなった空をスマホで撮っていたら、あほかカメラで撮れと思い、慌てて空になっていたヤシカOM-1にフィルムを入れた。入れているのといないのだけでも大違いだ。OM-1の本体に虫が一匹住んでいて、気になってしょうがないから強力乾燥剤と一緒にしばらく密閉しておいた。動かないから死んだか。プリントの分類はまだ。